新しい年を迎えるにあたり、昨年秋から本格的に始動した「里海未来ラボ」について考えたいと思います。

私自身昨年8月末で定年退職を迎え、これまで関わってきた水産業や海のことを改めて考えるようになりました。
そんな中で、最近よく頭に浮かぶ言葉があります。それが「里海」という言葉です。
新しい年を迎えるにあたり、昨年秋から本格的に始動した「里海未来ラボ」について考えたいと思います。
私自身昨年8月末で定年退職を迎え、これまで関わってきた水産業や海のことを改めて考えるようになりました。
そんな中で、最近よく頭に浮かぶ言葉があります。それが「里海」という言葉です。
なぜ「里海」という言葉が気になり始めたのか
海や船が好きで、大学の水産学部に進み、卒業後は中央卸売市場にある大卸に就職しました。
仕事は楽しかったし、海外に行って大きな仕事もしてきました。
でもふと、日本全国津々浦々にある小さな漁村やそこに暮らす人たちのことが気になりだしたのです。そこで、仲間とともにいろいろ勉強したり、人を訪ねたり、実際に漁業のお手伝いなどしてみました。そこには、現在の大規模集約的な流通とは違った時間や自然があったのです。 定年を迎える年になって、改めて小規模漁業者や彼らを取り巻く環境のことが気になりだしたのです。
「なぜ私は、今改めて、『里海』という言葉に向き合っているのか」
新しい年を迎えるにあたり、昨年秋から本格的に始動した「里海未来ラボ」について考えたいと思います。
私自身昨年8月末で定年退職を迎え、これまで関わってきた水産業や海のことを改めて考えるようになりました。
そんな中で、最近よく頭に浮かぶ言葉があります。それが「里海」という言葉です。
新しい年を迎えるにあたり、昨年秋から本格的に始動した「里海未来ラボ」について考えたいと思います。
私自身昨年8月末で定年退職を迎え、これまで関わってきた水産業や海のことを改めて考えるようになりました。
そんな中で、最近よく頭に浮かぶ言葉があります。それが「里海」という言葉です。
なぜ「里海」という言葉が気になり始めたのか
海や船が好きで、大学の水産学部に進み、卒業後は中央卸売市場にある大卸に就職しました。
仕事は楽しかったし、海外に行って大きな仕事もしてきました。
でもふと、日本全国津々浦々にある小さな漁村やそこに暮らす人たちのことが気になりだしたのです。そこで、仲間とともにいろいろ勉強したり、人を訪ねたり、実際に漁業のお手伝いなどしてみました。そこには、現在の大規模集約的な流通とは違った時間や自然があったのです。
定年を迎える年になって、改めて小規模漁業者や彼らを取り巻く環境のことが気になりだしたのです。
大阪湾で見てきた変化

大阪という大消費地のすぐそばにありながら、大量生産、大量消費という流れから取り残された姿がそこありました。水質を含む環境の変化。年々少なくなる漁獲量。一方では高コスト化する経費。には彼らなりの工夫や努力はあるけれど、なかなか実を結ばない現実がそこにはありました。
人が関わることで守られてきた海
高度経済成長を迎える以前は、海は一般の人たちにも身近で、親しみやすいものでした。魚釣りや、海水浴。そんな光景がどこででも見られたのです。いつからか開発の名のもとに海岸は削られ、コンクリートで固められました。魚の稚魚が住む場所もなくなってきたのです。本来海からはその恵みとして、魚が永続できる量を人がいただき、また小魚が育つ沿岸の海藻類を適当に間引くように収穫し、まるで畑のように、自然のサイクルの中で人と海とが共存する場だったのです。
これから自分なりに考えていきたいこと
大きく変わってしまった海岸、また昨今言われている温暖化や海流の変化。人間の手では良くならないかもしれない状況があるかもしれません。
それでも私たち一人一人の行動や活動が、大きな流れとなり、またあの懐かしい港町の風景がよみがえってくるかもしれません。
「われは海の子」という歌がありましたね。そんな海とのかかわりを、私たち今を生きる人たちと取り戻していきたい。そう考えて、今年も活動していきたいと思います。
このブログでは、こうした思いを胸に、海や水産業、里海について考えたことを少しずつ書いていきたいと思います。

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